「死んでもいい」が「生きたい」に
変わるとき、生まれた意味を知る。
水のゆくえ
新版
物語
そこは白い花を土地神として崇める自然豊かな土地。
都の鎮守である白桜を代々守る武家の青年は、土地神たちを統べる美しき守護武神と出会う。
鎮守の白桜が枯れ始めていることを知った二人は、白桜を守るために協力し合うことになる。
鬼神との戦いやこの地に生きる人々との交流を通して、
自分が生まれた意味を探す青年の人生の旅路を描く。
生きることの切なさと悲しみを胸に、生を願った人々の生と死の物語。
新版について
この新版は、2017年9月刊行の初版を大幅に加筆修正し、長編用のエピソードを追加してまとめたものです。物語の整合性を図るため、登場人物の年齢や時系列、象徴する花を整理しましたが、基本的な設定やテーマは同じです。重厚感を増した、初版とは違うストーリー展開をお楽しみいただけます。
作品を彩るキーワード
古清水の地
古清水(こしみず)は豊かな水源によって豊かな自然が育まれています。古清水の都は、五つの区域がある大きなまち。都の中央には鎮守の白桜があり、都のあちこちで塞ノ神が都を守っています。
神々への信仰
白い花は塞ノ神(さいのかみ)として空気や水を清め、土を肥沃にする土地神です。
四聖天(しせいてん)は古清水の四方を守る四柱の守護武神。方位や季節を司り、豊穣や生死を与えます。人々からの信仰心は神の力の源です。
鬼神伝承
彼らは巨体に白い角を生やし、剛力と強靭な鋼の武器を持っていました。昔、都への侵攻を企んだ鬼神を四聖天が阻み、都は守られたといいます。鬼神は何者だったのか。昔鬼神がいたという伝承だけが都に伝わっています。
テーマの昇華
本作のテーマ「生と死の意味、家族愛」を、今だからこそ書けるものに昇華しました。
登場人物がどんな成長をしていくのか、ぜひお手に取ってお確かめください。
試し読み
往来に桜の花びらが降りかかった。
水央(みお)は目の前に零れてきた桜の花びらを手のひらで受け止める。
花びらはすぐに春の柔らかい風が攫っていってしまった。
桜が散る青空を見上げていると人にぶつかりかけた。水央は身を逸らして歩みを再開する。通りは人で溢れかえっている。
大通りは中央に水路が通い、その左右に柳並木と白石で舗装された道がある。石の白と木の黒で組まれた街並みに、薄紅色の桜と青い若柳が交互に織られた春の錦が眩しい。
往来では人々の明るい話し声が春空に吸い込まれている。
水央が都で一番好きな風景だった。
何気なく歩いていると、人にぶつかった老人がよろけた。水央は慌ててその老人の背を支える。
「おお、これは、白桜の武家の若様」
「大丈夫か? 今日は人出が多いからな」
水央はほっとした様子の老人を、そのまますぐ近くの家まで送っていった。
老人は玄関脇に置かれた床几に腰かけた。
「助かりました、若様」
「困ったことがあったら、いつでも言ってくれよ」
「若様は、今日は白桜の花守はよろしいのですかな?」
「ああ、今日は昼で交代なんだ」
「それでは、白桜のあの話は聞いておりませんか」
「あの話? 何のことだ?」
水央は、この都の鎮守である白桜を守る武士の子だ。
水央の一族は白桜の傍に昔から住む武家で、今も白桜を守り続けている。
水央はお役目にひたむきなほど生真面目ではないが、幼い頃から守れと教え込まれた白桜のこととなると気にかかる。
「今朝、白桜神社にお参りしたとき、宮司様が思い悩んでいるようなご様子だった。あれは何かあったのではないかね」
「そうか。それじゃ俺も話を聞きに行ってみるよ」
「若様、そのことはもう武家のご当主様がご存知だと……」
「教えてくれてありがとう!」
水央は老人に声を投げかけながら走り出した。
来た道を戻る。屋敷と大通りを繋ぐ太鼓橋を渡る。
真下の水路を、荷を載せた舟と船頭が通り過ぎた。都中を巡る水路は人や物が渡る道なので、毎日舟が行き交う。
花守の武家屋敷が見えた。屋敷には戻らず、塀を回って屋敷の裏側にある白桜神社へ向かった。白桜を中央に挟んで、武家屋敷と神社が背中合わせに建っているのだ。
屋敷を迂回すればそのまま北側にある白桜神社に行ける。