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トナカイの森文庫
The collected reprints of novels
春迎えの魔女
冷たい冬の間、お店には寒さに震えるお客さんがよくやってきます。
冬の間の看板メニューはリンゴ。砂糖とシナモンで作る焼きリンゴや、リンゴ酒やリンゴのバターケーキが、実りの少ない冬を彩ります。
この季節は風邪に効くハーブティーも大人気です。エルダーフラワーやローズヒップ、カモミールなどの温かいお茶で身体を温めて、お客さんは春の訪れを待ちます。
ヴィオラの魔法とお店を頼りに、人々は厳しい冬も耐え、越えていくのです。
昔は、魔女にとって冬のように厳しい季節がありました。
作物を荒らし、天候を操り、悪魔と契約したとして、魔女は人々から忌み嫌われ、狩られ、その姿を消していきました。そして魔女が守ってきた、自然とともに生きるいくつものしきたりや知識も消えていったのです。
ヴィオラはその生き残り。
友だちも故郷もなくなり、魔女狩りから逃れてなんとか生きのびた魔女でした。
ほんとうに、たくさんの悲しいことや辛いことを経験してきたのです。
けれど、ヴィオラはそのまま人を避けて生きることはしませんでした。
ヴィオラは、魔女の知識と魔女の存在を残すために、人々の中に分け入っていくことにしたのです。季節と暦に従い、人とも自然とも一緒に生きるために。
その昔、魔女がそうして暮らしていたように。
魔女は恐ろしい存在なのではなく、人と同じように、この世で一緒に生きていて、笑ったり傷ついたりするのだということを、人々に知ってもらおうと思ったのです。
魔女の長い冬を終わらせて、春を迎えるために。
その方法が、魔女が営む喫茶店です。
――魔女の力で人々をしあわせにすることができたら……。
――そしてそんな魔女を人々も受け入れてくれたら……。
それが、ヴィオラがお店を続ける理由です。
ヴィオラのお店は、人が訪れるかぎり、小さな町のなかに立ち続けるのでしょう。
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