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トナカイの森文庫
The collected reprints of novels
彼岸のほとり
昔の人は、川を一種の境界だと考えていた。
彼岸と此岸の境界には、ひとつの大きな川があるという言い伝えもある。
昔、ピン国は海の向こうのあの世の国だと思われていた。他の国々もひとつの大きな島ではあるのだけれど、ピン国は長年他の国との交流を絶っていたため、そうした歪んだ認識が生まれたのかもしれない。オスタール国がカスティア国と交易を盛んに行い始め、貿易の中心地となって各国の船の往来が盛んになってから、ピン国は人が暮らすひとつの国だという認知ができていった。
それまでは、ピン国は死者の魂が飛んでいく最果ての地だったのだ。
だがその迷信めいた話は、どうやら意外にも真実に近かったようである。
ピン国には泉界(せんかい)へ続く門があるという。泉界とはすなわち、死者の行き着く世界のことで、まさに彼岸そのものである。
湖の上に浮かぶ門は常に閉ざされ、生者が泉界へ、死者が現世へやってくることはあり得ない。
けれど、この水辺の村にやってくると、不思議と生と死の境界とはそんなに隔てられたものではないと思えてくるのだった。
わたしがこの水郷についたとき、ちょうど葬儀が行われていた。
参列する人々は喪に服し、お棺に花や銀貨を入れていた。泉界へ行った者が向こうでも困らないように、僅かなお金を入れるのだという。
葬儀を遠巻きに眺めていた村人のひとりに、わたしは近づき、尋ねてみた。
「今泉界へ旅立つ方は、どのような方だったのですか」
「あまり、評判のよい方ではありませんでした。親切めかしてお金を人に貸しつけ、厳しくお金を取り立てるのです。そのせいで身を滅ぼし、あの門を潜った方も多かったと思います」
「それでも、参列者は多いのですね」
「それはそうです。どんなに悪行を積んだ者でも、死は誰にとっても平等で、眠りは誰にとっても安らかであるべきです」
湖の中に佇む泉門が開いた。
重い音を立て、ゆっくりと開く門に向けて、人々はお棺を湖に流した。お棺はそのまま、吸い込まれるように門の中へと流れていった。そして再び門は閉じていった。
わたしは門の中に、真っ白な光のようなものが、ぽつぽつと灯り、漂っているのを見た。あれが死者の魂なのだ。
向こうに死者の世界があって、向こう側に死者がいる。ならば、生者と死者の境はどこにあるのだろう。この大きな門ひとつで隔てられた世界の境界は、本当はとても淡いものなのかもしれない。
死者は向こうの世界で生きている状態なのかと、愚かなことを考えてしまった。この世界と向こう側は、ただ扉で隔てられているだけに過ぎない。もしそうなら、死者を悼む心から僅かに痛みが引くかもしれないのに。
わたしは死者の行き着く村を出ることにした。
村だというのに泊まる場所がないのだという。仕方なく村を離れたわたしが、最後に村を振り返ると、そこには湖に浮かぶ門しかなかった。
周りにいたはずの人はただのひとりもいなくなっており、家があったはずの場所には墓だけが無造作に存在していた。湖の周りを、白い魂が飛び交っている。
わたしは来るときも通った橋を渡り、川を越えて、その彼岸のほとりから逃げ出した。
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