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幽か

 いらっしゃいませ。当店へようこそ。わたしがこの工房の主にございます。
 お客様、当工房は初めてですね?
 それではあのお話も……、ええ、そうでございます。

 わたしはカンテラ職人。それもある特別なカンテラを作っております。
 ここのカンテラはすべて特別な品。他では扱っておりません。
 そこかしこにカンテラがございますでしょう?
 これらはすべてわたしが作ったもの。はい、これらもすべて特殊な品でございます。

 お客様、わたしの工房の噂はどこからお聞きになりましたか? ご友人から?
 そうでございますか。お客様もわたしのカンテラが必要なのでございますね。最近はカンテラがどんどん売れて、作っても作っても足りません。
 今夜は静かな夜ですね。暗い部屋の中で、いくつものカンテラが小さく灯っている光景はなかなか素敵でしょう? 毎日見ておりますが、全然飽きないのですよ。

 それではお客様のご用件を……。
 え? わたしの話、でございますか? この工房をはじめたきっかけ?
 はあ、そのようなことに興味がおありで……。まあ、隠すようなことでもございませんから、お話しするのは一向に構いませんが。



 わたしは元々、この工房で普通のカンテラ職人として働いておりました。
 わたしのカンテラは明るすぎず、また暗すぎず、デザインもいいと好評をいただき、注文も多く受けておりました。なんとか一本立ちして、仕事にも慣れた頃だったでしょうか。

 あるとき、幽霊を見たのです。

 初夏の、夕方のことでした。影が濃く長くなりはじめていて、でも眩しい夕日が町に差し込んでおりました。暑い日でした。
 買い物の帰り、わたしは公園の脇を歩いていたのです。
 公園は木々に囲われており、そこに紫陽花がいくつも植わっていました。

 その濃い夕闇の紫陽花の向こう、闇に溶け込むように、人が立っていたのです。
 男の方でした。黒い真冬用のコートを着ていましたから、すぐに変だと思いました。彼はこちらを見つめながら、淡く灯るカンテラを持っていました。
 わたしは足を止め、肝を潰しました。その顔には見覚えがあったからです。

 その幽霊は、二年ほど前の冬に死んだ、幼馴染でした。
 それからその幼馴染を、歩く先々で見かけるようになりました。いつも決まって夕方から夜にかけて、何かの陰に紛れるように立っていました。

 最初は恐ろしゅうございましたよ。何か恨みでもあって祟るんじゃないかと思っておりましたから。けれど彼は何もせず、ただ立ってわたしを見つめていました。
 しばらくすると、ずっと立ち続ける彼が哀れに思えてきましてね。

 だってそうでしょう? 彼はもう死んでいるのに、何か思い残すことでもあるのか、ああやって彷徨っている。安らかに眠ることもできずに。そう思うと、カンテラを持って立つ姿がとても淡く、儚げに見えたのです。
 けれど、彼にどんな未練があるのかはわかりませんでした。

 彼は、自殺だったのです。
 彼とは家が近所で、小さい頃からずっと一緒でした。子供の頃から大人しく口数も少なかった彼は、思えば根っからの職人気質だったのかもしれません。

 彼の父親はカンテラ職人で、わたしも彼と一緒になってカンテラ作りを学びました。
 そう、わたしにとって彼の父は師匠で、彼は兄弟子だったのです。わたしたちは互いに競い合うような形でカンテラ作りの腕を磨いていきました。大きくなったら二人で師匠の工房を継ごう。そう言い合っていました。

 けれど、彼は死んでしまいました。
 地元の駅のホームで投身自殺してしまったのです。

 お恥ずかしながら、わたしは彼が死んだ理由を知りません。彼は口数が少ない、大人しい人でした。それは、言ってしまえば誰かに悩みを打ち明けたりするような人ではなく、内へ内へと色んなものを溜め込んでしまう人でもありました。
 わたしは、一緒に修行をしていたというのに、彼が死にたくなるほど何に悩んでいたのか、まったくわからなかったのです。

 彼がいなくなり、工房を師匠から受け継いだわたしは一端の職人になりました。
 細々ではありますが、わたしは注文を受けたり作ったものを売ったりして、何とか食い繋いでおりました。

 その間も、幼馴染の幽霊はわたしの傍に立ち続けました。
 彼はカンテラを持ったまま、暗がりの中でわたしを見つめていました。
 わたしに何かしてほしいことがあるのではないか。何か言いたいことがあるのではないか。彼を見るにつれ、そう思うようになりました。

 そんなある日のことです。わたしは、新しいカンテラを作っておりました。
 彼は部屋の隅に立ちながら、わたしの作業を見つめておりました。
 少し凝った意匠をしたカンテラに明かりを灯してみると、淡いオレンジ色の光が灯りましたあたたかな光に照らされて、彼の薄ぼんやりとした顔がカンテラの光に照らされました。

 彼はその光に魅かれるように、カンテラに近づきました。彼は今まで何か行動を起こすようなことはなかったので、カンテラに近づいたのは少し驚きました。
 すると、どうしたことでしょう。わたしの作ったカンテラの光に照らされると、淡く立っていた彼が少し輪郭をくっきりとさせたように見えたのです。

「……やあ」
 カンテラの明かりに照らされた彼はこちらを見て、口を開いたのです。驚いて固まっている私を見て、彼は少しだけ困った顔をしました。
「今まで喋れなかったけど、このカンテラに照らされるとそれができるみたいだ」
 そう言って、彼は話しはじめました。

 自分はカンテラ作りがとても大好きだったこと。
 わたしと一緒にカンテラを作っている時間が好きだったこと。
 けれど、自分のカンテラ作りに自信を失くしていたこと。カンテラ作りが生き甲斐だったけれど、どうしても自分の作りたいものが上手に作れなくて悩んでいたこと。

 気分転換に外を散歩していたら、注意が散漫になっていたのか、ちょうど列車がきたところでプラットホームから足を滑らせ、ホームから転落してしまったこと。
 もうカンテラ作りができなくなったことが、悲しいこと。彼は自身にあったことをよく話してくれました。

「自殺だって思われていたのがちょっと寂しくてね。今まで言えなかったことをみんな君に聞いてもらいたかったんだ。けれどこれですっきりしたよ。やっとふんぎりがついたんだ。もう、眠れる」
 話し終えてから、彼はひと息つきました。

「僕はもうカンテラを作ることができなくなったけれど、君はまだこの世にものを残すことができる。それもただのカンテラじゃなくて、幽霊を照らすことのできるふしぎなカンテラを作れるんだよ」

 彼はわたしの作ったカンテラの傍なら、話すことができると言いました。
 このカンテラの光を見ると、何故だか吸い寄せられるように傍に来て、喋りたくなったというのです。もちろん、彼の言うことにわたしは半信半疑でした。

 本当にわたしの作るカンテラに幽霊を照らし出す力があるとは思えませんでしたから。
 でも彼は「嘘か本当かはすぐにわかるよ。そのためにも、カンテラ作りを続けて」と言いました。彼はお礼を言うと、そのまま消えてしまいました。
 彼を照らしたカンテラも、彼と一緒に消えていました。

 きっと彼は、言葉通りに本当に眠りについたのでしょう。
 それから彼を見ることはありませんでした。きっともう、現れることはないでしょう。

 さて、彼の言葉の真偽ですが、それはすぐにわかりました。わたしがカンテラを作ると、どこからともなく幽霊がやってきて、話をしていくようになったのです。
 誰にも言えない苦悩と未練を吐き出して、眠るために。


 例えば、永遠に眠りながら、海に溺れ続ける少年。
 真夏の少女と祭りを楽しんだ、狐面の幼い神様。
 海の向こうからの告白に慄き、海へ落ちていった男。
 楽園を夢見て葬送列車に乗り込んだ旅人。
 幼い少女の心を奪った黒い魔物。
 門を守るために、死ぬまで番人を務めた男。


 彼らはそれぞれ作ったカンテラの明かりに照らされながら、ぽつりぽつりと自身の身にあったことを話していきました。
 そして満足して、カンテラとともに消えてゆくのです。
 わたしが灯す、カンテラの幽かな光に誘われて、ひとり、またひとりと幽霊が工房にやってくるのも普通になっていきました。

 そして今では、幽霊が語るために、幽霊それぞれに合うカンテラを作っています。
 いかがでしたでしょうか?
 これがこの工房のはじまりでございます。ご満足いただけましたでしょうか? それは何よりでございます。



 ……さて、それではそろそろ、お客様のお話を聞かせていただきましょうか。お客様もわたしのカンテラの明かりに誘われてやってきた大事なお客様ですから。
 それではお客様、あなたにお訊きします。

 ――あなたは何故、死んだのですか?

 ここにあるカンテラの明かりでよろしければ、お話しください。
 幽かな明かりが、きっとあなたを眠る場所へ誘ってくれることでしょう。

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